お葬式の儀式には様々なものがあります。
その中の一つに「納棺の儀式」があります。
漢字を見てもわかるように納棺の儀式は「棺に遺体を納める儀式」です。
でも納棺の儀式は、単に遺体を棺に納めるだけではありません。
それに納棺に立ち会う家族にも、それまでの儀式とは異なる感情を感じます。
納棺の儀式は映画『おくりびと』が発表されたことによって、一般の人にも知られるようになりました。
確かにこの映画が発表される前と後では、納棺の儀式に立ち会う人にも違いがみられるようになったのは事実です。
それまでは納棺の儀式に立ち会うのは、家族の中でもごく一部の人でした。
でも映画の上映以降、積極的に納棺の儀式に立ち会う人が増えてきました。
そこで今回はお葬式の現場で必ず行われる「納棺の儀式」について紹介してみようと思います。
納棺の儀式は最初に家族に訪れる試練の儀式
納棺の儀式は、遺体を棺に納めるのが主な目的です。
これだけを言ってしまえば、「布団に寝ているところから棺に移動するだけの話でしょ?」と思う人もいるかもしれません。
でも「布団で眠っている姿」と「棺で眠っている姿」にはとても大きな違いがあります。
布団に安置されている時には横顔を見ることが出来る
納棺される前の遺体は、布団に安置されるのが一般的です。
もちろん布団に安置されている時にもドライアイスなどの処置は施されていますから、「遺体の保存」という点だけでいえば納棺された後の状態と何も変わりません。
でも見た目は大きく違います。
まず布団で安置されている時には、亡くなった人の横顔を見ることが出来ます。
家族の横顔をじっくりと見る機会は意外と少ないです。
病院でベッドに眠っているときなどは、顔を見るとしても正面から見ることの方が多いです。
元気なころだと、横顔をじっと見つめていれば本人もそのことに気が付き「どうしたのか?」とあなたの方に顔を向けたはずです。
だから身近な人ほど横顔をじっくりと見る機会は少ないのです。
ところがいざ横顔を見てみると、それまで気が付かなかった顔の特徴に気が付きます。
「鼻が高いなぁ」と思うこともあるでしょう。
「立派な福耳をしていたんだな」と初めて気が付くこともあるかもしれません。
もしかしたら「今まで気が付かなかったけれど、こうしてみると子供たちはみんな顔がお父さんにそっくりだったのね」となるかもしれません。
このような会話は、納棺の儀式の現場ではよく耳にします。
ただそれが出来るのも、横顔が見えるからなのです。
棺に入ってしまえば横顔を見ることはできません。
もしも納棺をした後にしか顔を見ることが出来なかったとしたら、こうした最後の発見をすることなくお別れとなっていたかもしれないのです。
直接体に触れてお別れをすることが出来る
棺に入っても顔を見ることはできます。
でも棺に入った後は手や足を直接触ることは難しいです。
それはドライアイスの処置をしなければいけないからです。
さらに言えば納棺の儀式が終わってしまえば、もっとそれが難しくなります。
弔問客が訪れる通夜式や葬儀式になると、家族はその対応に追われますのでゆっくりとお別れをする時間がありません。
まして最後の対面となる火葬場では火入れの時間があらかじめ決められていますから、実際には顔を見るだけのお別れになります。
そう考えてみると「弔問客がいない納棺の時間は家族だけでお別れが出来る数少ないチャンス」といえます。
納棺の儀式ではどんなことをするのか?
体の処置
闘病生活でできた注射の跡や体の痣、キズなどを処置します。
また鼻や耳などに脱脂綿を詰め、体液が漏れるのを防ぐ処置をします。
着せ替え
最後に身に着ける衣装に着せ替えます。
ほとんどの病院では病衣または浴衣を身に着けた状態ですので、納棺をする前に着せ替えをします。
着せる衣装に決まりはありません。
宗教や宗派によって死に装束が決まっていることもありますが、最近の一般的なお葬式ではそれらにこだわることなく生前愛用していた服や着物などに着せ替えることが多いです。
顔そり・ひげ剃り
男性の場合は髭剃りを行います。
女性の場合は顔そりをします。
髭剃り・顔そりが終わった後には、温めたタオルなどで顔を拭きます。
死に化粧
亡くなった人は体温がありませんので顔色は生前とは変わります。
ですから死に化粧は男女問わず行います。
もちろん男性の場合は血色がよくなる程度の薄化粧を施します。
家族が希望する場合は、死に化粧を家族がすることもできます。
また故人が女性の場合、愛用の化粧品を持参すれば死に化粧として使うこともできます。
ヘアセット
ヘアセットは亡くなった人の顔の印象にかかわる大事なポイントです。
特に前髪は「左右どちらかに分ける」「オールバックにする」でかなり印象が変わります。
納棺師にヘアセットをしてもらう時には、生前のイメージを伝えるか写真を見せると良いでしょう。
旅支度(仏式の場合)
仏教では死者は49日かけて修行をし、その後仏の世界に生まれ変わると考えられています。
そのため死者には旅の支度をさせるのが仏教の死者の作法とされています。
旅支度は実際に身につけさせるものなのですが、洋服を着せている場合はあえて身につけさせず納棺後に棺に納めることもあります。
納棺の儀式に家族が立ち会うとどんな気持ちになるの?
さみしい
これは正直な感想だと思います。そもそも棺は生きているうちには絶対に入ることがない空間です。
でも火葬をするためには棺に納めなければいけません。
ですから棺に入るということは「死んだことを実感する」ということでもあります。
だからいざ棺に納めるとなると、家族には言葉に変えられない悲しみが襲ってきます。
これは亡くなった直後に感じる激しい痛みを伴う悲しみとは少し違いますが、それまで経験した悲しみとも違う感覚なので戸惑う人も多いです。
怒り
これも「さみしい」と思う気持ちと理由は同じところにあります。
家族は亡くなったからといってすぐにその人の死を受け入れることはできません。
それでもお葬式の準備などに立ち会うことによって、少しずつそのことを心が受け入れる準備をします。
でも納棺となると、その現実が突然目の前にやってきたような感覚になります。
心の準備が出来ていないうちにその現実を目の前に突き付けられると、激しい怒りを感じることがあります。
区切りがつく
お葬式の準備が進んで行く中でいくつも死を確認する場面に出会いますが、布団に眠っている様子を見ているうちはどこかで「これは現実の出来事ではないのではないか」という想いになります。
でも納棺すると、「やはりこれは現実の出来事なのだ」ということを実感します。
死を認めるわけではありませんが、「残された時間を精一杯自分たちらしく過ごそう」という前向きな気持ちが生まれてくるきっかけになります。
安心する
この世を去った人の体は、防腐処理を施さなければ腐敗が進んできます。
最近のお葬式は火葬場の都合によって亡くなってから火葬までの日数が長くなっています。
そのため「少しでもキレイな状態で最後まで送りたい」という気持ちが家族の中には必ずあります。
その点でいえば棺に納めることによってドライアイスの効果が最大限に発揮できますので、家族が不安に思うような遺体の変化が現れることはありません。
ですから納棺まで済ませることでようやく安心して葬儀に気持ちを切り替えられるという人もいます。
まとめ
納棺の儀式は、葬儀の現場に立つ私から見てもとてもデリケートな儀式だと感じます。
それは棺に納めるという行為そのものが「大切な人の死を認めさせられる」ということにつながるからだと思うのです。
それでもお葬式という慌ただしいスケジュールの中で、弔問客や周りのことを気にすることなく目の前にいる大切な人のことだけを想って過ごすことが出来るのは納棺の儀式を含め非常に限られています。
ですからもしもあなたが大切な人の納棺の儀式に立ち会うべきか悩んでいるのであれば、迷わずに立ち会うことを私はお勧めします。