葬儀屋になったことを心の底から後悔した3つの出来事!

葬儀屋,葬儀屋 後悔 葬儀関係者の裏話

葬儀業界で働き始めて20年以上になりました。

「お葬式とはどんなものか」もわからずに飛び込んできた当時は、毎日目にすること・耳にすることすべてが初めてのことだらけでした。

ですから先輩スタッフから「これが業界の常識だ」といわれれば深く考えることなくそう思い込んでいた時期もあります。

ただ経験を積むうちに業界の常識に疑問を抱いて会社に反発した時期もあります。

それでもなぜか未だに私は葬儀の現場に立ち続けています。

でも葬儀屋さんのスタッフとして現場に立ち続けてきたこれまでの人生の中で、「葬儀屋になったことを心の底から後悔したこと」があります。

今回は私が人生の中で心の底から後悔した3つの出来事を紹介します。

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結婚相手に「仕事について話さないでくれ」といわれた時

私が最初に葬儀業界で働き始めたのは、葬儀の中でも遺体に直接かかわる業務を担当する「湯灌(ゆかん)」業務でした。

今から20年以上前のことですから、あの大ヒット映画『おくりびと』もまだ発表される前のことです。

 

当時の葬儀業界では湯灌サービスは良く知られていたのですが、世間では一切脚光を浴びない仕事でした。

だから自分の仕事を業界以外の人に説明しても、まったく理解してもらえません。

社会人になった学生時代の友人たちとの久しぶりの飲み会に参加した時は本当に困りました。

 

友人たちは飲み会の席でみな新しい職場での話をします。

「どんな会社でどんな仕事を担当しているのか」を一人ずつ話していくのですが、私の番に回ってきたとき、一瞬でその場の空気が変わりました。

「湯灌の仕事をしている」と最初は伝えたのですが、世間では湯灌そのものを知らない人の方がほとんどです。

だから当然友人たちも「え?湯灌ってなに?」となります。

 

ただその場の雰囲気を壊したくないから「葬儀屋さんだよ」と答えました。

ものすごくザックリとした分類でいえば湯灌も葬儀社の仕事の一部ですから、ウソをついたわけではありません。

でも葬儀社で働いていると伝えただけで、学生時代の友人たちの飲み会は一瞬で気まずい雰囲気になりました。

この経験から、私はその後自分の仕事について話すことを辞めました。

 

ただ結婚する予定だった人からも同じ態度をとられた時には、葬儀屋で働いたことをとても後悔しました。

学生時代から付き合っていた人だったので就職したときも彼には一応報告しました。

でも友人との出来事があったので、葬儀業界で働いているとだけ伝えました。

 

その彼とは付き合いも長かったので自然な流れで結婚の話が出てきたのですが、その時に初めて私が遺体を専門に扱う湯灌士であることを彼に伝えました。

すると彼の態度が急変しました。

 

まず私の体に触れようとしなくなりました。

そして彼から「自分の友人の前ではフリーターだといってほしい」といわれました。

さらに両親に紹介するという話になった時に、「仕事を辞めるか湯灌士だということを秘密にするか、どちらかにしてほしい」といわれました。

 

この時は、自分が葬儀業界に入ったことを死ぬほど後悔しました。

ただそれと同時に長く付き合ってきた人ですら理解してもらうことが出来ない仕事なのだということにショックを感じました。

結局私は彼と別れました。

ただし私の両親には別れた本当の理由は言えませんでした。

今はその傷も癒えましたが、未だに心の中にしこりとなっています。

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妊娠をするのが怖かった

湯灌という仕事は遺体に直接触れる仕事です。

これは亡くなった人の病気に感染してしまうリスクが高いということでもあります。

もちろんそのためにも病気に関する知識は入社後徹底的にたたき込まれます。

そして現場を通して「どうすれば感染するリスクを抑えることが出来るか」を学んでいきます。

 

でも湯灌士は亡くなった人に直接触れる仕事です。

しかも家族の立ち合いがあります。

家族は大切な人のために直接してあげることが出来るサービスだと説明されたうえで、オプションサービスである湯難を依頼しています。

ですからその想いに応えることが、「身体をキレイにする・身支度する」よりも優先すべきことなのです。

 

もちろん感染のリスクを抑えるためには、ビニール手袋を着用するのが最も簡単で有効な方法です。

でも亡くなって間もない人に対して、ビニール手袋をしたままで化粧をする人はいるでしょうか?

またお風呂に入れてあげる時も、「ビニール手袋をしたままで洗う」と「素手で洗う」では印象も変わりませんか?

 

この件に関しては、遺体に触れる専門業者の間でも考え方が大きく分かれます。

ただ私がいた会社は「見守る家族の心のケアを優先する」が方針だったので、よほど感染のリスクが高い場合を除き基本的に素手で接することになっていました。

 

ただそこで働くスタッフが心のどこかで「病気に感染しているかもしれない」と不安を抱えていたのは事実です。

でもそれが嫌ならば仕事を辞めればよいだけです。

だから病気に感染しているかもしれないという不安よりも、仕事を続けたいという気持ちが勝った人しかそこにはいませんでした。

 

私もその後結婚を機に湯灌会社を辞めるまでは、感染のことを深く考えませんでした。

結婚後も10年ほど子供がいませんでしたから、過去の不安と向き合うタイミングがしばらく来なかったのです。

ただ妊娠が分かった時、それまで忘れていた恐怖が一気に襲ってきました。

妊娠すれば感染力の高い病気にかかっていないか、必ず検査します。

中でもHIV検査は必ずします。

でもこれが一番怖かったことなのです。

 

私が過去に対応した遺体の中には、HIV患者が含まれていた可能性があります。

ただHIV患者であっても、その病気が直接の死因でなければ死亡診断書に病名を記載しません。

しかもHIV患者の場合はHIV感染による多臓器不全で亡くなることがほとんどです。

ですから死亡診断書を見ただけではわからないのです。

 

だからもしかしたら知らずに感染してしまっているかもしれないという恐怖はありました。

そのため「検査を受けなければいけない」ということが余命宣告を受けたのと同じくらいのショックでした。

でも妊娠した以上、HIV検査を受けなければいけません。

検査を受け結果が出るまでの時間は、私にとって地獄でした。

 

そして葬儀業界で働いたことをとても後悔しました。

そして検査の結果、感染していないことがわかると心の底から神様に感謝しました。

私にとっては妊娠が分かった時よりも検査の結果がクリアだったことの方がうれしかったです。

何しろ「これで元気な子供が生まれてくる!」と初めて安心できたのですから…。

義母の葬儀を担当した時

義母の葬儀を担当した時も、自分が葬儀社であることを深く後悔しました。

義母は体調が悪いといって診察を受けた病院で、末期のガンであることがわかりました。

抗がん剤治療なども行いましたが、すでに治療で根治は見込める状況ではありませんでした。

 

それでも病院に数か月入院し、最期の1か月は彼女の希望通り自宅での看護になりました。

主人の母でしたし娘のこともとてもかわいがってくれた人でしたので、私も出来る限りサポートをしました。

でもすでに病気発見時には「正月を迎えることはできないだろう」といわれていましたので、看護というよりも看取りケアでした。

 

義母が生きている間、ものすごく気持ちが揺れました。

嫁として娘として重ねてきた年月は、家族の一員であるということを実感するのに十分な時間でした。

でもその反面、私は現役で葬儀の現場に立ち会う人間です。

しかも遺体のプロでもあります。

 

まだ生きている義母の顔て足や腕をさすりながらも、無意識に亡くなった時の義母のことを想像しています。

振り払っても振り払っても浮かんでくるこのイメージ。

「私は本当に根っからの葬儀屋になってしまったのだろうか」と悲しくなりました。

 

病気が見つかってから半年後、義母はこの世を去りました。

義母のお葬式は私がすべて担当しました。

彼女がなくなって立った3日間で迎えたお葬式ですが、その一つひとつを鮮明に覚えています。

でも私はそこでは「遺族」でもありましたが「葬儀担当者」でもありました。

 

義母のお葬式の時は、信用できる同業者1人にだけ義母の葬儀を担当していることを打ち明け、どうしても自分では対応できないところだけを手伝ってもらいました。

だから義母のお葬式はほぼ私1人でやったわけです。

 

振り返ってみても、義母のお葬式を自分の手で出してあげられたことに対しては良かったと思っています。

でも私はたった一人の葬儀担当者であるがゆえに、娘としてお別れをすることが出来ませんでした。

もしも私が葬儀の現場にいなかったとしたら、義母を娘として見送ることが出来たはずです。

そう考えると「葬儀屋でなければよかった」と後悔するのです。

まとめ

どんな仕事にも苦労はあります。

あくまでも私が今いるのが葬儀の現場であって、まったく違う業界にいれば今私が抱えている3つの後悔を知ることもなく年を重ねることが出来たことでしょう。

でも今は私の気持ちの中でも過去の出来事と決着がついています。

だから今「葬儀屋をやっていて後悔はしていない?」と聞かれたら「天職だと思っている」と答えると思います。

 

葬儀の現場で働いたことに後悔をしたこともありますが、得たものもあります。

これからも同じことを繰り返しながら年を重ねていくとは思いますが、それも含めて自分の人生だと思えるようになったのは葬儀の現場を見続けているからかもしれません。

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