生活保護を受けている人からお葬式の依頼を受けるのは、現場を担当する葬儀スタッフにとっても結構大変です。
もちろん生活保護を受けている人の場合、「葬祭扶助」と言ってお葬式の費用に対するお金を支給してもらうことが出来ます。
ところが生活保護を受けている人が、その実態をあまりよく知らないことの方が圧倒的に多いのです。
生活保護を受けていれば「お葬式の費用は支給してもらうことが出来る」ということは、受給している人であれば誰もが知っています。
でも「いくらまで支給してもらうことが出来るのか」「どんな手続きが必要なのか」「どんなお葬式が出来るのか」まできちんと知っている人はほとんどいません。
だからお葬式の依頼を受けた時に「生活保護の範囲内でお願いします」といわれる時が一番困ります。
その理由を実際に現場で担当している私の経験談をもとに紹介していきます。
生活保護受給者で葬祭扶助をしっかり理解できていない場合が多い
葬儀社にお葬式の依頼が入るのは、基本的に「電話連絡」です。
この時の電話では「○○病院からそちらの葬儀ホールの安置室を利用したいのですが」とか「家族が亡くなったのでお葬式をお願いしたいのですが」などが一般的な内容です。
この電話を受けて、葬儀スタッフは遺体を搬送する専用の車と共に指定された病院や場所に向かいます。
そして指定された場所で初めて依頼者である家族に対面し、葬儀の依頼を正式に受けます。
ただこの時の家族の精神状態は、いろいろな物事を判断できるような状態ではありません。
時間帯もバラバラですから、日中の場合もあれば夜中や明け方の場合もあります。
もちろん亡くなる曜日が平日に限られているわけでもありません。
週末もあれば盆・正月のような長期休暇期間中にも依頼はあります。
そんな状態の中、指定された引き取り場所から安置場所まで移動しお葬式の内容を打ち合わせします。
実は生活保護を受けている人のほとんどが、この段階になるまで自分が生活保護を受けていることを葬儀スタッフに言いません。
もちろん気が動転している状態ですから、少し気持ちも落ち着く打ち合わせの段階でそのことを打ち明けるという人も多いです。
ただ実際に葬儀費用や内容を決めなければいけない葬儀担当者としては、このタイミングでの申告はとっても困ります。
・葬儀費用の総額が決められない
そもそも生活保護の葬祭扶助には2つ(厳密には3つですが)の項目があります。
1つは遺体を火葬するために必要になる火葬費の扶助です。
そしてもう一つが葬儀社へ支払う葬儀費用の扶助です。
葬儀社へ支払う葬儀費用の扶助のことを「基準額」というのですが、この基準額は生活保護法に基づき支給される金額の上限が決まっています。
ところがその上限は自治体によっても違います。
一般的には20万1000円以内となっているのですが、自治体によっては17万5900円以内となっています。
この金額の違いは自治体の級地と関係しており、同じ都道府県でも金額が違います。
さらに言えば、この基準額はあくまでも「支給されるお金の上限」であって満額支給されるかどうかはわかりません。
しかも支給されるのは、正式に申請が受理され支給手続きが終了した後のこと。
また支給されるタイミングは、一般的に申請が受理されてから1か月以上後になります。
もっと深刻な話をすると、お金が支給されるのは「葬儀社」ではなく「申請者本人」ということ。
つまりこの時点で申請者本人から支払いを確実に約束してもらわなければ、支給されたとしても最悪の場合「葬儀費用の回収が出来ない」ということなのです。
これは葬儀をビジネスとしている葬儀社にとっては大問題です。
そもそも生活保護費でお葬式をするのであれば、葬儀社に依頼をする前に葬祭扶助の申請が認められるのか確認をとる必要があるのです。
だから打ち合わせの段階で初めて生活保護を受けていることを打ち明けられた場合は、打ち合わせをする前に申請がきちんと認められているのかを確認しなければいけません。
でもこの話をすると、大抵の人が「なんだ、この葬儀社は?」という顔をします。
それでもわかりやすく説明すればほとんどの人は理解してくれます。
ただき話をきちんと聞いてくれる受給者ばかりではありません。
中には説明もろくに聞かずに「あんたら葬儀屋は貧乏人の葬式は受けないっていうのか!」と怒り出す人もいます。
また「こんな扱いをされるのならほかの葬儀社に頼むからもう帰ってくれ!」という人もいました。
正直なところ、こういう遺族に当たってしまうと「それなら他で頼んでくれ」と思ってしまいます。
でもこの時点ですでに遺体の搬送料はかかっており、その費用を請求したところで支払い能力がないことも分かっているのです。
だからどんなに嫌な想いをしたとしても、相手が納得できるまでわかりやすく葬祭扶助の申請の仕方を説明するしかないのです。
これは一般的なお葬式の打ち合わせをするよりもはるかに時間がかかりますし、費用対効果で考えれば明らかに損です。
それでも一度お葬式の依頼を引き受けたからには、最後までやり通さなくちゃいけないのです。
・普通のお葬式が出来ると思い込んでいる
生活保護の葬祭扶助の範囲内で行うことが出来るお葬式は、一般的にイメージするお葬式とは違います。
葬儀社のプラン名でいえば「直葬」「火葬式」と呼ばれるものがこれに当たりますが、一言でその内容を説明すると「火葬をするだけの式」です。
お通夜でお別れをすることもありませんし、お坊さんを呼ぶこともできません。
自治体によっても違いますが、祭壇を置くことを認めないケースもあります。
さらに安置を希望したとしても、安置室に寝泊まりが出来るということではありません。
個人とのお別れの時間も、基本的には火葬場でわずかばかりの時間で行います。
つまり「遺体を火葬し、収骨するだけのお式」なのです。
この説明をすると「そんなのお葬式とは呼べないじゃないか!」と怒る人も少なくありません。
また「それしかできないのなら、足りない分は自分たちで何とかするからもう少し立派にしてくれ」という人もいます。
ただしこれもまた生活保護の場合には問題があるのです。
実は葬祭扶助の金額以外に自己負担金があることがわかると、支給される予定の葬祭費から自己負担分を差し引かれることがあるのです。
場合によっては「わざわざ支給をしなくても支払い能力がある」と判断され、支給そのものがなくなることもあります。
この話をするかしないかは、葬儀スタッフ次第です。
あえてそのことを伏せて見積金額を高くする葬儀スタッフもいます。
しかも未回収を防ぐために、「とりあえず葬儀費用はお支払いいただきますが、申請すれば葬祭扶助はすぐに支給されますから」という葬儀スタッフもいます。
もちろんこれは「葬儀代を確実に回収するため」の営業トークにすぎません。
葬儀費用が全額立て替え出来るのであれば、生活保護担当者としては「支払い能力あり」と判断しますから葬祭扶助を支給することはほぼありません。
でもこのトークなら生活保護を受けていても売り上げを上げることが出来ますし、支給されなかったとしても葬儀費用が回収できないという最悪のケースは避けられます。
もちろんこの方法は葬儀社の打ち合わせ担当者であればだれでも知っている方法です。
でも実際にはこの方法をとることはしません。
なぜならその負担は生活保護を受けている依頼者本人に確実にかかるわけですし、最悪の場合は葬儀費用が回収できないこともあるからです。
そのことが分かっているからこそ、現場で担当する葬儀担当者は悩むのです。
「リスクを避けて売り上げをとるか」「社会奉仕と思って性善説を前提に引き受けるか」は、最終的に現場を担当する葬儀スタッフ次第。
ただ、どちらを選んでもリスクは大きいのです。
きちんと申請すれば自己負担0円でお葬式はできる
生活保護を受けているのであれば、葬祭扶助の申請をすることから始めることが大事です。
直接窓口に申請に行かなくても、電話連絡で申請が認められるか確認をとることが出来ます。
また窓口以外でも担当のケースワーカーに連絡するのも一つの方法です。
もしもケースワーカーが対応してくれない場合は、地域の民生委員に連絡を取る方法もあります。
いずれにしてもお葬式を依頼する前にきちんと連絡を入れ、申請すればいくらまでお金が支給されるのかを確認することが大事です。
この支給額が分かれば、葬儀社に「葬祭扶助として○○万円まで支給してもらえます」と伝えればよいのです。
実際にこのようにはっきりと支給される予定の金額を申告してきた人もいます。
この場合は支給予定金額の範囲内ですべてが収まるように見積もりを作ればよいので、葬儀担当者としてもとても助かります。
またお葬式の費用だけでなく火葬費用も扶助されます。
火葬費用は生活保護法で定められている火葬費よりも実際の火葬料金が高く設定されている自治体の場合は、差額も含めて支給されます。
ただ葬儀スタッフも人間ですから、人の話も聞かずに「この葬儀屋が!」とか「帰れ!」という依頼者にはあまり積極的にこの話をする気になれません。
申請すれば支給されますが、手続きの時に自ら申告しなければその分は支給されません。
葬儀社とはいえ現場スタッフも心のある人間ですから、嫌な想いをすれば「必要最低限のことだけやればいい」という気持ちになります。
逆に「お金がなくても自分が出来るすべてのことを家族のためにやってあげたい」という想いが強く伝わってくると、お金にはならないとわかっていても「出来る限りのことをしてあげよう」という気持ちになります。
生活保護でも香典はケースワーカーに報告する義務はない
生活保護に限らず、お葬式でいただく香典は「収入」としてみなしません。
これは法的に定められていることなので、生活保護を受けていても同じ扱いになります。
ただケースワーカーもやり手だと実際の葬儀会場に足を運び、香典の受け取りの有無をこっそりチェックしにきます。
香典を受け取っているのが分かれば、「香典から少しは葬儀費用をまかなうことが出来るはずだ」と判断します。
ただ火葬費は自治体によって金額が決められているため、そこから減額することはできません。
その代り葬儀社から請求された金額から少しでも減額の対象になるものを見つけて、支給金額を抑えようとします。
でもお葬式にかかる費用以外にも喪主が支払うお金はあります。
お香典に対するお礼品を準備することはできませんが、弔問客へのおもてなしは何とかしようと考えます。
また亡くなった本人に直接何かしてあげることが出来るのも火葬されるまでですから、生前好きだった食べ物を買ったり最後に着せる服を一式購入したりします。
でもこれも本来であれば「お葬式にかかる費用の一部」です。
こうしたものもすべて含めて考えるのが本来のお葬式の費用なので、いただいたわずかな香典もほとんどがすぐになくなっていきます。
だからちょっと癖のあるケースワーカーが担当だと分かった時には、私は「香典はもらったらすぐにカバンにしまって下さい」と喪主に伝えます。
焼香台に置く香典盆もわざと外しますし受付も出しません。
生活保護のお葬式を担当するといろいろ大変なことも多いですが、やっぱり人と人の付き合いなのだと思うのです。
ただお葬式をするその時にお金に困っているというだけで、お金がないことが心の大きさと関係するわけじゃないと思っています。
そう思えるようになったのも、これまで出会ってきた生活保護のお客さんのおかげなのだと思います。
まとめ
お葬式はいろいろな想いが複雑に絡み合う場です。
だからこそどんな家族から依頼を受けても、現場に出かける葬儀担当者は緊張します。
これは生活保護を受けている人からの依頼であっても同じです。
でももしも本当に自分にできる範囲でお葬式をしたいと思うのであれば、相談できる人の話をしっかりと最後まで聞くことが一番だと思うのです。
私のような葬儀スタッフであっても「何とか力になりたい」と思うことがあるのですから、もっと周りに目を向けてみればきっとまだまだたくさんの人が相談に乗ってくれるはずです。
まずは恥ずかしがらずに悩みを相談することが、お葬式の場面では大事なのだと思いますよ。